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Japanische Klassiker mit Furigana

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あねがわのかっせん

日本合戦譚

菊池 寛

Lesen Sie 日本合戦譚 (あねがわのかっせん) von 菊池 寛 (きくちかん) auf Japanisch mit Furigana. JLPT N2. Tippen Sie auf ein Wort für die Bedeutung.

N2 · Fortgeschritten · moderne Kanji und Kana · 154.771 Zeichen · 313 Bildschirme

Aozora Bunko

和成るや飛ぶが如くに馳せ上って、光秀の虚を山崎宝寺天王山に衝き、光秀をして三日天下のあわれを喫せしめた。この山崎合戦が、まさに、秀吉の天下取りの戦争であった。そして信長の遺した事業に対し、偉大なる発言権を握ったわけだ。勝家以下の諸将が、変に応じて上洛を期したけれども、秀吉の神速なる行動には及ぶべくもなかった。だが、信長の遺児功臣多数が存する以上、すぐ秀吉が天下を取るわけには行かない。遺児の中何人をして、信長の跡に据えるかと云うことが大問題であった。さて信長信忠の血を享けて居る者には、次男信雄、三男信孝及び、信忠の子三法師丸がある。この三人のうちから誰を立てて、主家の跡目とするかが、清洲会議の題目であった。植原館の大広間、信雄信孝等の正面近く、角柱にもたれて居るのは勝家である。勝家の甥三人も柱の近くに坐した。秀吉は縁に近く、池田武蔵入道勝入、丹羽五郎左衛門尉長秀等以下夫々の座に着いた。広間の庭は、織田家の侍八百人余り、勝家の供侍三百余と共に、物々しい警固だつた。一座の長老勝家、先ず口を開いて、織田家の御世嗣には御利発の三七信孝殿を取立参らせるに如くはない、と云った。