Japanische Klassiker mit Furigana
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ぶんげいいいんはなにをするか
漱石文明論集
Lesen Sie 漱石文明論集 (ぶんげいいいんはなにをするか) von Natsume Sōseki (夏目 漱石) auf Japanisch mit Furigana. JLPT N2. Tippen Sie auf ein Wort für die Bedeutung.
N2 · Fortgeschritten · moderne Kanji und Kana · 32.837 Zeichen · 70 Bildschirme
あなた方にも人格にない art を弄している事がたくさんある。即ちねむいのに、睡くないようなふりをするなどはその一例です。かく art は恐ろしい。われわれにとっては art は二の次で、人格が第一なのです。孔子様でなければ人格がない、なんていうのじゃない。人格といったってえらいという事でもなければ、偉くないという事でもない。個人の思想なり観念なりを中心として考えるということである。
一口にいえば、文芸家の仕事の本体即ち essence は人間であって、他のものは附属品装飾品である。
この見地より世の中を見わたせば面白いものです。こういうのは私一人かも知れませんが、世の中は自分を中心としなければいけない。尤も私は親が生んだので、親はまたその親が生んだのですから、私は唯一人でぽつりと木の股から生れた訳ではない。そこでこういう問題が出て来る。人間は自分を通じて先祖を後世に伝える方便として生きているのか、または自分その者を後世に伝えるために生きているのか。これはどっちでもいい事ですけれども、とりようでは二様にとれる。親が死んだからその代理に生きているともとれるし、そうでなくて己は自分が生きているんで、親はこの己を生むための方便だ、自分が消えると気の毒だから、子に伝えてやる、という事に考えても差支ない。