Japanische Klassiker mit Furigana
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こうせんぜんじのことども
禅堂生活
鈴木 大拙
Lesen Sie 禅堂生活 (こうせんぜんじのことども) von 鈴木 大拙 (すずきだいせつ) auf Japanisch mit Furigana. JLPT N2. Tippen Sie auf ein Wort für die Bedeutung.
N2 · Fortgeschritten · moderne Kanji und Kana · 27.634 Zeichen · 57 Bildschirme
通化附近の戦に股を射貫かれて倒れ、遂に捕虜となったらしい。それから先は、どうしても分明でない。その筋も手を尽したが、どうも通化あたりで銃殺せられたらしい。その報知が在米の宗演師の手許に来たのだ。
もう休戦にもなったから植村も除隊で渡米して来るかも知れぬなどと、互に噂して喜んで居た矢先、宗光戦死の知らせ。その時の老師の落胆の模様は今でも目に浮ぶようだ。「死んではもう万事休す」だと云われた時、自分も旧友を懐うて悵然たらざるを得なかった。丁度夕方頃で、太平洋沿岸の一室、落莫たる大海原に対して憮然久之の光景、誠に気の毒であった。その後老師の洩らされた言葉に、「こんなに死んで行くなら、あれほどにしなくても善かったのに」と云うのである。その意味は、「あれまでに強く痛棒を加えて、無慈悲と思われるほど鍛錬の力を加えなくてもよかった、可哀相なことした」と云う心である。植村は中年で僧侶になったもの故、殊に目をかけて、我慢の角を矯め、且つ他時異日の発展を期せんとて、痛く鉗鎚を加えられたものと見える。それでこの長歎息があったわけだ。親が子供に対すると同じ情熱の気分が見える。