Japanische Klassiker mit Furigana
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「もんしょう」の「わたし」
「紋章」の「私」
豊島 与志雄
Lesen Sie 「紋章」の「私」 (「もんしょう」の「わたし」) von 豊島 与志雄 (とよしまよしお) auf Japanisch mit Furigana. JLPT N2. Tippen Sie auf ein Wort für die Bedeutung.
N2 · Fortgeschritten · moderne Kanji und Kana · 4.201 Zeichen · 9 Bildschirme
の或る場面が頭に浮んだからだった。最後近く、久内が善作に呼び出されて、二人でビールを飲みながら話をする――作品の筋から云えば、全篇の結末を暗示するような話をする、あの場面である。二人は、ビヤホールの喧騒のなかで、雁金の人物評をきっかけに、正義を論じ、自由を論ずる。而も、久内は初子に対する愛情をなげすてて、妻の敦子と老父母とを守って生きてゆこうと決心してる時であり、善作は初子にぶつかってみる決心をしてる時である。そして茲では、そういう二人の心理は背後に伏せられて、正義や自由の議論が表面に浮き出して、初子を対象とする言葉もなまのまま吐き出されている。前に述べてきたような作者の「私」の濾過は破綻を見せている。恐らくこれは、創作態度としての「私」をとりのこして、作者自身の一種の批判が口を利いたのであろう。
これはよいことか悪いことか、私には分らない。だが考えてみるに、山下久内は恐らく最も作者の身辺に近い人物であろう。作者は彼を、近代の知識人だと云っている。而も、余りに頭脳がよくて密集してくる映像や内部に閃めく抽象物の氾濫に、適度の処理を失いがちであって、その内面の複雑さに圧倒されつづけている。