Japanische Klassiker mit Furigana
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しんらんしょうにんについて
親鸞聖人について
吉川 英治
Lesen Sie 親鸞聖人について (しんらんしょうにんについて) von 吉川 英治 (よしかわえいじ) auf Japanisch mit Furigana. JLPT N2. Tippen Sie auf ein Wort für die Bedeutung.
N2 · Fortgeschritten · moderne Kanji und Kana · 15.038 Zeichen · 29 Bildschirme
順徳天皇を佐渡へ流すというような社会的大事件があったりして、聖人もちょっとはばかっておられたんじゃないかと思います。
ところで、こういう聖人とそのお子さんやら弟子たちの関係ですが、聖人ははっきりこのお弟子さんを、お弟子さんとされたでしょうか。親鸞は“人を救うてとらすようなものは、なにももっていないんだ”というようなことをいったそうです。聖人のもとへ、いろいろなこの苦もんの相談や、心のもだえの訴えにきている門徒の人たちに、何にも教えるもの、人を救えるほどのものは持っていないんだということは、ずいぶん冷たい残酷なような気もするんでありますが、これはよほど、深く考えなくちゃならないことであります。
この点、キリストは、きたり信仰せよ、禅宗では声なき声をきけ、というような偈棒をくらわす。日蓮は、“われ日本の眼目となる”との自信を示す。
そういうなかで、親鸞聖人から、自分は人を助けるようなものは、なにももっていないんだといわれたら、人々は非常にガッカリもするでしょうし、冷たくも聞こえるでしょうが、これはそうではないんです。キリストの言葉より、日蓮のその言葉より、私はそういわれた人は、ハッと途方にはくれるでしょうが、つぎの瞬間からは、まったく別な力強さを感じたんじゃないかと思われます。