Japanische Klassiker mit Furigana
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あきらめているこどもたち
諦めている子供たち
Lesen Sie 諦めている子供たち (あきらめているこどもたち) von Sakaguchi Ango (坂口 安吾) auf Japanisch mit Furigana. JLPT N2. Tippen Sie auf ein Wort für die Bedeutung.
N2 · Fortgeschritten · moderne Kanji und Kana · 2.304 Zeichen · 5 Bildschirme
ここに方言を書いただけではとうてい皆さんにお分りにならないことが一ツあるが、新潟の方言にはまるで唄うような抑揚があって、是が非でも納得させたいと哀願しているような哀れさと同時に自分自身を小バカにし卑屈にしてもてあそんでいるような諦めとユーモアがある。
新潟市の盆唄は次の通り。
「盆らてがんね茄子の皮の雑炊ら。あんまテッコモリで鼻の頭をやいたとさ」
お盆だというのにオレのウチの食い物は茄子の皮の雑炊だとさ。あまり山盛りで鼻のさきを焼いたとさ。というわけだ。自分をわざとわるくいやらしく表現して笑わせてよろこぶ気風である。
新潟市だけの特例だが、冬になると「湯づけ」というものをたべる。冷飯を湯でさッと煮てタクアンぐらいをオカズにカリカリゾロゾロとすする。まことにどうも哀れ惨たる食べ物で、腹があたたまるからと称するけれども実はそれが雪国の貧しさの象徴とでも申したいようなものだ。何の風味もない。これを越後人は自嘲して「沼垂までくると信濃川の向うから湯づけの音がきこえてくる」という。沼垂は今では新潟市だが昔は新潟市ではなかった。両者信濃川をはさんでいる。察するに沼垂には湯づけの風習がないらしく、沼垂までくると川の向うから湯づけをすする音がきこえるというのだが、そのころ信濃川の河口は七町半もあった。