Japanische Klassiker mit Furigana
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どうとくのかんねん
道徳の観念
戸坂 潤
Lesen Sie 道徳の観念 (どうとくのかんねん) von 戸坂 潤 (とさかじゅん) auf Japanisch mit Furigana. JLPT N2. Tippen Sie auf ein Wort für die Bedeutung.
N2 · Fortgeschritten · moderne Kanji und Kana · 71.388 Zeichen · 140 Bildschirme
併しどういうことが自分が存在しているということであるか、又なぜ自分が存在していると云うことが出来るか、という問題になると、解答は極度に厄介なのである。デカルトの、「自分が考える、故に自分が存在する」というのが、何等の推論でないことは云うまでもないので、この「故に」は単に、彼が自分というものの存在を事実上すでに仮定していることの告白を示す気合か掛声にしか過ぎない。――とに角、少なくとも自分というものは、普通の意味での存在性を持ってはいない、普通の意味では存在しない、従って普通の意味では無だ(無であるとは云えない、ただ無だ)。
処で之と同じような事情におかれたもう一つのものがある。夫は意識だ。意識も丁度自分に対立する自分という個人のように、精神や心と考えられればその存在性に問題はないが、それが本当に意識と考えられると、夫が存在するかどうかが問題だ。意識(Bewusstsein)はDas bewusste Seinという或る存在(Sein)であるように書かれるが、之は単にドイツ語で哲学の術語を造る時の便宜から起きたことに過ぎない。そして之は恐らく「意識ある存在」