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Japanische Klassiker mit Furigana

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さっかくじがせつ

錯覚自我説

辻 潤

Lesen Sie 錯覚自我説 (さっかくじがせつ) von 辻 潤 (つじじゅん) auf Japanisch mit Furigana. JLPT N2. Tippen Sie auf ein Wort für die Bedeutung.

N2 · Fortgeschritten · moderne Kanji und Kana · 3.789 Zeichen · 8 Bildschirme

Aozora Bunko

人生が形而上的に巨大なる無意味だといい得る事はこの処から確証を得る。

徹底的な形而上的虚無思想はここを通らねばならない。

個体なるものはその如何なる個体でも本来が本当の個体ではないから本当の統一はない。一つの個体は無数の執意、無数の惰性の中心に過ぎない。ただその中の一つのものが偶然の事情で最も強い型式を獲得したので、他のものは亡びたのでなく、皆その下に雌伏したのに過ぎぬ。それゆえ一朝事情が変ずれば勿ち雌伏したものは雄飛し、崛起して第一のものを覆す。そうしてそれが調整する余地がなければその時に大抵個物は破壊される。個人は滅亡する。或は精神の破産となる。若し人間が真に永遠不滅な絶対統一的な強健な自我を持っているならこんなことはない筈である。が、自我はただ個人の存在の一追加物に過ぎない。個人が一時的事情によって自我的傾向を帯びたのである。

個物、生物個体、これ等のものは本来一個とか二個とか一人とか二人とかいう数でかぞえられる存在ではない、数を超越した存在である。万有は一切が微分流動であるから海に立って水を数え、空に立って風を数えることの出来ぬように、形而上的には星を数え、魚を数えることが出来ない。