Japanische Klassiker mit Furigana
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さこく
鎖国
和辻 哲郎
Lesen Sie 鎖国 (さこく) von 和辻 哲郎 (わつじてつろう) auf Japanisch mit Furigana. JLPT N2. Tippen Sie auf ein Wort für die Bedeutung.
N2 · Fortgeschritten · moderne Kanji und Kana · 443.306 Zeichen · 875 Bildschirme
やはりポルトガル人町やシナ人町と相隣って居り、オランダ商館とも近かったが、一六三七年の見聞記によると、日本人は七八十家族で、皆追放人であった。オランダ人たちを支配している港務長官の一人も日本人であった。この日本人たちは一六二三年にシャム軍が侵入したとき国王を援けて敵を撃退し、一六三二年にシャムの圧迫が加わったときには七隻のジャンクでメーナム河口へ封鎖に行った。一六三六年の内乱に際しても国王を助け、王から非常に尊敬されていた。ここへ日本船が来たのは一六三六年が最後である。
交趾の日本人町は、広南の外港ツーランと、その南方八九里のフェーホとにあった。フェーホでは一六一八年に船本弥七郎が初代の頭領になった。
マニラの日本人町は、すでに十六世紀の末に千人の人口を有して居り、一六二〇年頃には三千人に達した。一六一四年の大追放で高山右近、内藤如安、その妹ジュリヤなど大勢来たが、右近は間もなく死に、如安たちはヤソ会の関係で日本人町にはいなかった。一六二四年頃からは日本とスペインとの関係が悪化し、一六三七年には八百人に減じていたという。
右のような日本人町のないところにも日本人は進出していた。