Japanische Klassiker mit Furigana
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きりのなか
霧の中
豊島 与志雄
Lesen Sie 霧の中 (きりのなか) von 豊島 与志雄 (とよしまよしお) auf Japanisch mit Furigana. JLPT N2. Tippen Sie auf ein Wort für die Bedeutung.
N2 · Fortgeschritten · moderne Kanji und Kana · 19.920 Zeichen · 40 Bildschirme
」
「その男はまだ死んでやしなかったんだ。」
まわりの人々は蟻のようにがやがや騒いで、その中の一人が、そっと男にさわってみ、抱き起そうとした。男はただぐったりしていて、また地面に長くなった。日焼けした顔が、なお真赤になっていた。ふーっと一つ大きな息をすると、またしんしんと静まってしまう。そして時々、だらりとのばした手先を、ぎゅーっと握りしめて、手首を痙攣的に起しかけるが、まただらりと指を開いてしまう。そんなことを何度もやった。
その手が、正夫の心の中で、もう一つの手と重なりあっている。もう一つの手は、母の手だ。――母は病院にはいっていたが、或る晩、正夫は慌しくその病室につれてゆかれた。扉をはいると、真正面が壁で、そこを左にまがると、ベッドがあった。電燈に覆いがしてあるので、水の中のような明るみだった。母は昏々と眠っている。息をしているかどうかも分らない。右手を布団の外に敷布の上になげ出していたが、その細そりした透いて見えるような手先が、ひどく美しく可愛かった。その手だけが、母の臨終についてのはっきりした印象だ。親指を掌の中に、そして他の指先も少し縮ませて、その手先だけを、手首のところからひょいと上げてとんと落し、丁度手の甲で敷布の上をたたくように、とんとんと二度ずつ、間をおいて動かしていた。