Japanische Klassiker mit Furigana
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たかはまきょしちょ『けいとう』じょ
高浜虚子著『鶏頭』序
Lesen Sie 高浜虚子著『鶏頭』序 (たかはまきょしちょ『けいとう』じょ) von Natsume Sōseki (夏目 漱石) auf Japanisch mit Furigana. JLPT N2. Tippen Sie auf ein Wort für die Bedeutung.
N2 · Fortgeschritten · moderne Kanji und Kana · 6.746 Zeichen · 14 Bildschirme
子供と爺さんが夫から先どうなったにも、こうなったにも丸で頭も尻尾もありゃしない。八文字に至っては其極端である。
こう云う立場からして読んで見ると虚子の小説は面白い所がある。我々が気の付かない所や言い得ない様な所に低徊趣味を発揮して居る。此集には見えないが京の隧道を舟で抜ける所抔は未だに余が頭に残って居る。其代り人間の運命と云う事を主にして見ると、あまり成功して居らん。只大内旅宿丈はうまく出来て居る。然しここには低徊趣味が全然欠乏している。(なぜ大内旅宿が成功して居るかを説明したいが、長くなるからやめる。大内旅宿抔は無余裕派の人で一言も批評をした事がない様であるが、あれは一見平凡な運命をかいたようで、そのうちに大いなる曲折と出来る限りの複雑の度を含んで居る。それであれ程の頁で済んで居るから低徊趣味のないのも無理はない。)
余は小説を区別して余裕派と非余裕派としてイブセンを後者の例に引いた。で前云った通り此種の小説の特色としては人生の死活問題を拉し来って、切実なる運命の極致を写すのを特色とする。読者は此点を挙げて此種の作物を謳歌し、余も亦此点に於て此種の作物に敬服する。