Japanische Klassiker mit Furigana
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さとう
麻布襍記 ――附・自選荷風百句
永井 荷風
Lesen Sie 麻布襍記 ――附・自選荷風百句 (さとう) von 永井 荷風 (ながいかふう) auf Japanisch mit Furigana. JLPT N2. Tippen Sie auf ein Wort für die Bedeutung.
N2 · Fortgeschritten · moderne Kanji und Kana · 37.256 Zeichen · 77 Bildschirme
この心持は宴席や劇場なぞから帰って来る時、一際深く味われる。
門をくぐると共に必ず郵便箱を検べる。久しく音信のない旧友の書に接する時なぞわたしは家に入るを待たず直様封を切って手紙をよむ。月の光または星の光。或は隣家の門からさす燈の光に高く手紙をかざして読むのである。かかる偶然の機会によって淡々たる日常の生活が忽然詩中のものとなる時わたしは無限の歓びを覚える。始めて人生は美しい懐しいという心になるのである。
静に門の潜戸に鍵をかけて家の戸口に歩み寄る時、わたしは庭の方から淡い花の匂の流れて来るのを知る事がある。石の上に置き忘れた盆栽の花の香であろう。花の香は空気の乾燥した寒い冬の夜に最もよく感じられる。長雨の止んだ後には湿っぽい土の香や草の葉の匂のかぎ得られる事もある。いずれにしても風が吹いたり日の照り付けたりする昼間では感じられぬ有るか無しかの匂いである。
わたしは深夜寂寞の裏にのみ感じられる此の有るか無しかの香気に迎えられ、真暗な戸口を明けて人気のない家の内に入る。手さぐりに居間の戸をあける。
秋の夜も冬近くなった頃には蟋蟀が人の留守を幸に忍び込んで長椅子の下や屏風のかげに鳴音を立てている。