Clásicos japoneses con furigana
ja-reading.com
Lee clásicos japoneses en línea con furigana. Filtra por nivel JLPT, toca una palabra para ver el significado y traduce una frase.
じゅうにしこう
十二支考(上)〔全2冊〕
南方 熊楠
Lee 十二支考(上)〔全2冊〕 (じゅうにしこう) de 南方 熊楠 (みなかたくまぐす) en japonés con furigana. JLPT N2. Toca una palabra para ver el significado.
N2 · avanzado · kanji y kana modernos · 290.735 caracteres · 566 pantallas
乾いた茅葉で自ら頸を刎ねると利剣で断り割くごとく身首処を異にし、王聞きて哀感しまた死んだと出づ。いわゆる茅の葉は多分梵名矩奢、支那で上茅と訳する草の葉だろう。本邦で茅を「ち」と訓じ「ち」の花の義で茅花を「つばな」と訓む、「ち」とは血の意で昔誰かが茅針で足を傷め血がその葉を染めて赤くしたと幼時和歌山で俚伝を聞いたが確と記えぬ。また『西域記』十二に古え瞿薩旦那国王数十万衆を整えて東国の師百万を拒ぎ敗軍し、王は虜られ将士鏖にさる、その地数十頃血に染みて赤黒く絶えて蘗草なしと見ゆ、南インド、マドラスの少し南マイラブルは今日英領だが徳川氏の初世はポルトガルに隷きサントメと呼んだ、したがってそこから渡した奥縞を桟留機とも呼んだ、キリストの大弟子中尊者トメ最も長旅し、メデア、ペルシア、大夏、インド、エチオピアまた南米までも教化したと言う、いわゆる南インドの尊者トメ派は唐代に支那に入った景教と同じくネストリウスの宗見を奉ずる故、同じキリスト教ながら新教旧教またギリシア教より見れば教外別伝の概あり、一六七六年マドリッド版ナヴァワッテの『支那歴史道徳論』八六頁に尊者トメ支那に往けり、後世これを崇めて達磨と称うとしばしば聞いたと筆せるはトメと達磨と音近く『続高僧伝』