Clásicos japoneses con furigana
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めいじびじんでん
新編 近代美人伝 (上)
長谷川 時雨
Lee 新編 近代美人伝 (上) (めいじびじんでん) de 長谷川 時雨 (はせがわしぐれ) en japonés con furigana. JLPT N2. Toca una palabra para ver el significado.
N2 · avanzado · kanji y kana modernos · 129.076 caracteres · 256 pantallas
あの人は怒っているか笑っているか、どっちかに片附いている人だったが、泣くということがふえて、死ぬ前などは、怒っているか、笑っているか、泣いているかした。
「先生と私との間は仕事と恋愛が一緒になったから、あんなに強かったのよ」
といい、
「私がほんとうに家庭生活というものを知ったのはこの二、三年のことですよ、先生もほんとに愉快そうですわ」
といったりした彼女が、泣虫になったのはあたり前である。むしろ笑いが残っていたのが怪しいほどだ。
恋人と緑の朝の土になり
と川柳久良岐氏は弔した。「緑の朝」は伊太利の劇作者ダヌンチオの作で「秋夕夢」と姉妹篇であるのを、小山内薫氏が訳されたものである。どうしたことかこの「緑の朝」には種々の出来ごとがついて廻った。最初去年の夏、帝劇で市村座連の出しものであったとき、劇評家と、狂主人公に扮した尾上菊五郎との間に、何か言葉のゆきちがいから面白くないことが出来て、菊五郎の芝居は見るの見ぬのとの紛紜があった。小山内氏は訳者という関係ばかりではなく、市村座の演劇顧問という位置からしても、舞台上の酷評には昂奮しないわけにはゆかなかった。それから間もなくその舞台装置の責任者であった、洋画家小糸源太郎氏が、どうしたことか文展へ出品した額面を、朝早くに会場へまぎれこんで、自分の手で破棄したことにつき問題