Clásicos japoneses con furigana
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にほんイデオロギーろん
日本イデオロギー論
戸坂 潤
Lee 日本イデオロギー論 (にほんイデオロギーろん) de 戸坂 潤 (とさかじゅん) en japonés con furigana. JLPT N2. Toca una palabra para ver el significado.
N2 · avanzado · kanji y kana modernos · 263.376 caracteres · 511 pantallas
時代は時代の範疇組織を、論理を有っている。文献学主義は処で、古典の権威に対するその信頼によって、時代の範疇組織=論理を知らなかったり、又強いて認めなかったりする。だが、古典的範疇はなる程理解はされよう、併し使うことは出来ない。
第四、古典的範疇は飜訳され得ねばならぬ。併し飜訳はいつも飜訳に止まる。――狭い意味に於ける飜訳は一つの国語の文章を他の国語の文章で置き換える事だが、広い意味の飜訳は、一般に文化の紹介を意味している。どれも文献的労作である点で変らない。シュレーゲルのシェークスピア飜訳や、カーライルのゲーテ紹介などはこの二つの意味を兼ね具えたものであった。正にこうした飜訳こそフィロロギーの使命であり、現在の実際問題解決に対するフィロロギーの唯一の寄与の仕方なのである。――だが飜訳は飜訳であって原物ではない。未開・古代的・古典的な文書や言葉であっても、又同時代的な同一文化水準の外国語でも、言葉として或る程度まで飜訳は可能でなくてはならぬ(この文学上の飜訳の問題に就いては野上豊一郎氏「飜訳論」――岩波講座『世界文学』の内を見よ。なおフェノメノロギッシェな試論としては L. F. Clauss, Das Verstehen des sprachlichen Kunstwerks, 1929 ― Husserls