Lectura en japonés

Clásicos japoneses con furigana

ja-reading.com

Lee clásicos japoneses en línea con furigana. Filtra por nivel JLPT, toca una palabra para ver el significado y traduce una frase.

にほんせいしんしけんきゅう

日本精神史研究

和辻 哲郎

Lee 日本精神史研究 (にほんせいしんしけんきゅう) de 和辻 哲郎 (わつじてつろう) en japonés con furigana. JLPT N2. Toca una palabra para ver el significado.

N2 · avanzado · kanji y kana modernos · 208.277 caracteres · 415 pantallas

Aozora Bunko

が、そのころには、建仁寺の正師にも逢わず、また善き友もなかったゆえに、迷って邪念を起こした。それにはそのころの教道の師の言葉も責めを負わねばならぬ。彼らは、先輩のごとく学問して天下に名高い人となれ、と教訓したのである。で、自分は弘法大師のように偉くなろうなどと考えていた。ところがその後『高僧伝』などを読んでみると、そういう心はいとうべきものとせられている。自分は考えた。名聞を思うにしても、当代の下劣の人によしと思われるよりは、上古の賢者、未来の善人を愧じる方がよい。偉くなろうと思うにしても、わが国の誰のようにと思うよりは、シナ、インドの高僧のようにと思うがよい。あるいは仏菩薩のように偉くなろうとこそ思うべきである。こう気づいてからは大師などは土瓦のように思われ、心持ちが全然変わった(随聞記第四)。こういう言葉によっても明らかなように、彼の世界は国土の限界を超越した意味価値の世界であって、そこには最高の権威として仏菩薩が君臨する。向上の一路はただここに向かうのみである。

道元は二十四歳の時宋に入った。途次船中の出来事について彼は語る、――自分は船の中で痢病にかかった。