Clásicos japoneses con furigana
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さくらのみのじゅくするとき
桜の実の熟する時
島崎 藤村
Lee 桜の実の熟する時 (さくらのみのじゅくするとき) de 島崎 藤村 (しまざきとうそん) en japonés con furigana. JLPT N2. Toca una palabra para ver el significado.
N2 · avanzado · kanji y kana modernos · 111.569 caracteres · 222 pantallas
さもなければ後れ馳せに実業に志したような人達ばかりだ。
「試みに小父さんの親戚を見よ。今の世の中は実業でなければ駄目だぞ」
これは小父さんが種々な事で捨吉に教えて見せる出世の道であった。不思議にもアーメン嫌いな小父さんの家の親戚には、基督教に帰依した人達があって、しかもそれらの人達は皆貧しかった。十年一日のように単純な信仰を守っている真勢さんは大勝の帳場で頭も挙らなかったし、伝道者をもって任ずる玉木さんのような人は夫婦して小父さんの家に食客同様の日を送った。小父さんの親戚にはまた郷里の方で人に知られた漢学者もあったが、その人の髯が真白になる頃に親子して以前の小父さんの家の二階に侘しげな日を送っていたこともある。実際、小父さんの周囲にある人達で、学問や宗教に心を寄せるものの悲惨さを証拠立てないものは無いかのようであった。哀しい青年の眼ざめ。誰一人、目上の人達で捨吉の焦っている心を知ろうとするものも無かった。何事も知らないでいるようなお母さんに逢って見て、彼は何時の間にか自分勝手な道を辿り始めたその恐怖を一層深くした。
小舟町を通りぬけて捨吉はごちゃごちゃと入組んだ河岸のところへ出た。