Clásicos japoneses con furigana
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ぐびじんそう
虞美人草
Lee 虞美人草 (ぐびじんそう) de Natsume Sōseki (夏目 漱石) en japonés con furigana. JLPT N2. Toca una palabra para ver el significado.
N2 · avanzado · kanji y kana modernos · 198.559 caracteres · 401 pantallas
下瞼の垂味が見える。取る年が集って目尻を引張る波足が浮く。その中に瞳が活きている。動かないでしかも活きている刹那の表情を、そのまま画布に落した手腕は、会心の機を早速に捕えた非凡の技と云わねばならぬ。甲野さんはこの眼を見るたびに活きてるなと思う。
想界に一瀾を点ずれば、千瀾追うて至る。瀾々相擁して思索の郷に、吾を忘るるとき、懊悩の頭を上げて、この眼にはたりと逢えば、あっ、在ったなと思う。ある時はおやいたかと驚ろく事さえある。――甲野さんがレオパルジから眼を放して、万事を椅子の背に託した時は、常よりも烈しくおやいたなと驚ろいた。
思出の種に、亡き人を忍ぶ片身とは、思い出す便を与えながら、亡き人を故に返さぬ無惨なものである。肌に離さぬ数糸の髪を、懐いては、泣いては、月日はただ先へと廻るのみの浮世である。片身は焼くに限る。父が死んでからの甲野さんは、何となくこの画を見るのが厭になった。離れても別状がないと落つきの根城を据えて、咫尺に慈顔を髣髴するは、離れたる親を、記憶の紙に炙り出すのみか、逢える日を春に待てとの占にもなる。が、逢おうと思った本人はもう死んでしまった。