Clásicos japoneses con furigana
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じんるいのせいぞんきょうそう
進化と人生(上)
丘 浅次郎
Lee 進化と人生(上) (じんるいのせいぞんきょうそう) de 丘 浅次郎 (おかあさじろう) en japonés con furigana. JLPT N2. Toca una palabra para ver el significado.
N2 · avanzado · kanji y kana modernos · 82.343 caracteres · 164 pantallas
されば今日のごとくに経験と推理とを合わせ重んじて、真正の科学を形造ろうとする時代には、博物学なるものはとうてい一学科として存在すべき理由がない。このことは昔から生物を科学的に研究せんと試みた学者のみな唱えきたったところであって、生物学なる名称を用い始めたトレヴィラヌスでも、スペンサーでも、ハックスレイでもみなこの説を主張した。今日高等の教育で、もはや博物学なる名称が用いられぬのはすなわち上述のごとき理由に基づくことである。もっとも初等や中等の学校で、教員の受持時間数等の関係から、便宜上、博物学なる名称を存しておいて、生物学と鉱物学とをその中に雑居せしめておくのも、しいて悪いこととは思わぬが、博物学なる名称が今日の生物学を誤解せしめる一原因であることを考えると、かかる無理なる組み合わせ方はなるべく避けたほうが利益であろう。
以上述べたとおり生物学が世間から誤解せられているのは、主としてこの学の歴史的の経過に基づくことであるが、さらにつまびらかにいえば、その原因は一は科学自身の性質に基づき、一は従来の博物学者なるものの態度にも基づいている。まず学科の性質のほうから論じて見るに、およそ生物に関する自然の理法を探求せんとするには、まず第一に生物各種に関する正確なる知識を集めねばならぬが、そのためにはぜひとも各種