Clásicos japoneses con furigana
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せかいのいっかんとしてのにほん
世界の一環としての日本
戸坂 潤
Lee 世界の一環としての日本 (せかいのいっかんとしてのにほん) de 戸坂 潤 (とさかじゅん) en japonés con furigana. JLPT N2. Toca una palabra para ver el significado.
N2 · avanzado · kanji y kana modernos · 215.338 caracteres · 422 pantallas
ない。不完全でもいいから手近かなものが何でも感覚出来るというのが日常生活の必要であって、この点から云うと聴覚の方が日常生活にとって遙かに有効なものを約束している(それに視覚は外部の光線の有無によって完全に制限されているが、聴覚にはそういう制限は殆んどない)。だからこの意味に於て、聴覚の方が日常的な社会的な普遍性を有っている。之は言葉乃至それによって云い表わされる観念の問題にも直接関係している点で、一般につんぼよりもめくらの方が知能が進んでいたり社会的な能力が優れていたりする所以である。
だからラジオが仮に今の儘で視覚と結合することが遂に不可能だとしても、人間の自然的条件だけから云ってさえ既に最も社会的普遍性を持ったジャーナリズム施設になれる素地を有つものなのである。この聴覚の機能が実際には更に普及化されるのだからラジオのもつジャーナリズム機能の社会的普遍性に及ぶものを吾々は他に持たない訳である。ラジオはだからさし当りこの意味で一等発達したジャーナリズム施設だと云わねばならぬ。――ジャーナリズムの一般的な特色はさし当りその日常性とそれに基く社会的大衆性とにあるが、今日そうしたジャーナリズムの特色を最も多く備えているものが他ならぬラジオであろう。