Clásicos japoneses con furigana
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ぶっきょうじんせいとくほん
仏教人生読本
岡本 かの子
Lee 仏教人生読本 (ぶっきょうじんせいとくほん) de 岡本 かの子 (おかもとかのこ) en japonés con furigana. JLPT N2. Toca una palabra para ver el significado.
N2 · avanzado · kanji y kana modernos · 124.886 caracteres · 246 pantallas
仏陀とは梵語(Buddha)の音を漢字に当てはめたもので、覚者という意味であります。何を覚ったのかと言うと、先程述べましたように、「宇宙には自ずからなる真理が存在していて、それはとてもよいものだ。人間が人世行路の力として仰ぐのは、これに限る」と覚られたのであります。それから、「この真理は天地間に充ち満ちているのだから、誰でも覚られそうなものだが、人間の心中に迷妄の情がある。それが妨げていて覚れないのだ。よし一つ、それを拭き払う方法を教えてやろう。そしてみんなも自分と同じような幸福者にしてやろう」。こうも覚られたのであります。つまり、自分が覚り、人をも覚らせようとする、そこで覚者であります。仏陀という名には是非ともこの二義が籠ります。自覚と覚他――。前に述べました宇宙生命の真理すなわち「法身の仏陀」に、この自覚と覚他のあることは言わずもがなであります。
ところで、釈尊は人間として生れ、人間の寿命を限りに死なれた仏陀ですから、宇宙生命を呼ぶ名の仏陀(詳しくは法身の仏陀)とは、性質が違います。そこで、これを「応身の仏陀」と言います。応身とは、人間に相応して生れ、人々を教化せられる仏陀ということでありまして、人間に相応ずる以上、人間の肉体を持ち、人間の喜怒哀楽を備え、お腹も減り、病気もされる仏陀であります。