Clásicos japoneses con furigana
ja-reading.com
Lee clásicos japoneses en línea con furigana. Filtra por nivel JLPT, toca una palabra para ver el significado y traduce una frase.
おんなのじぶん
女の自分
宮本 百合子
Lee 女の自分 (おんなのじぶん) de 宮本 百合子 (みやもとゆりこ) en japonés con furigana. JLPT N3. Toca una palabra para ver el significado.
N3 · intermedio · kanji y kana modernos · 2273 caracteres · 5 pantallas
そういう行為の無責任さが不愉快なのだというだろうと思う。それももっともではあるし、社会的にその若者が一つの無理な動きをしていることもわかる。けれども、若者の行為が無責任であることは十分明瞭に見ながらも、それによって非常に立腹する自分の心持のよって来る立場というものの作用をわきまえて、全体の人間関係のいきさつを、今日の世相の一つの姿として理解したら、その娘さんは自分を不快におとしいれた一波瀾から心持の上で何か豊富なものをえてもこられるのではなかったろうか。
そのルポルタージュの文章に書かれていた若い娘さんの感情の中心の据えどころを思いまわすと、私には、女は自分中心、といい古された言葉が浮んで、やはりそこに連関しているものがあるのを感じるのである。
妻の良人への情愛、それから母の子への愛。そういう愛情は日本の社会でいわば公認の愛の局面であるが、自分に向けられる母の愛、気づかい、心配などを、有難いとともに漠然負担に感じないで暮している娘さんたちが今日はたして何人あるだろうか。日本の女の自己犠牲の深さということを一方においてみると、女は自分中心だということが矛盾しているようでもあるが、自己中心ということが、つまりは女が社会的に自分の心、ひとの心を見て感じてゆく力の弱さから来ていることを理解すれば、自己犠牲の深さ