Clásicos japoneses con furigana
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へいぼん
平凡・私は懐疑派だ
二葉亭 四迷
Lee 平凡・私は懐疑派だ (へいぼん) de 二葉亭 四迷 (ふたばていしめい) en japonés con furigana. JLPT N2. Toca una palabra para ver el significado.
N2 · avanzado · kanji y kana modernos · 81.548 caracteres · 161 pantallas
人生に目的ありや、帰趨ありや? 其様な事は人間に分るものでない。智の力で人生の意義を掴まんとする者は狂せずんば、自殺するに終る。唯人生の味なら、人間に味える。味っても味っても味い尽せぬ。又味わえば味わう程味が出る。旨い。苦中にも至味はある。其至味を味わい得ぬ時、人は自殺する。人生の味いは無限だけれど、之を味わう人の能力には限りがある。
唯人は皆同じ様に人生の味を味わうとは言えぬ。能く料理を味わう者を料理通という。能く人生を味わう者を芸術家という。料理通は料理人でない如く、能く人生を味わう芸術家は能く人生を経理せんでも差支えはない。
道徳は人生を経理するに必要だろうけれど、人生の真味を味わう助にはならぬ。芸術と道徳とは竟に没交渉である。
是が私の見解であった。浅薄はさて置いて、此様な事を言って、始終言葉に転ぜられていたから、私は却て普通人よりも人生を観得なかったのである。
四十九
私の文学上の意見も大業だが、文学については先あ其様な他愛のない事を思って、浮れる積もなく浮れていた。で、私の意見のようにすると、味わるるものは人生で、味わうものは作家の主観であるから、作家の主観の精粗に由て人生を味わう程度に深浅の別が生ずる。