Lectura en japonés

Clásicos japoneses con furigana

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ぶんしょうをつくるひとびとのこんぽんようい

文章を作る人々の根本用意

小川 未明

Lee 文章を作る人々の根本用意 (ぶんしょうをつくるひとびとのこんぽんようい) de 小川 未明 (おがわみめい) en japonés con furigana. JLPT N2. Toca una palabra para ver el significado.

N2 · avanzado · kanji y kana modernos · 3401 caracteres · 7 pantallas

Aozora Bunko

如何に読むかという問いに対しては、余は広く浅く読むよりも、狭く深く読む方をすゝめたい。勿論広く読むことも必要である。然し、深く心によって読むことの方が遙かに必要である。

観察は読書に比して稍々困難である。それはその対象が常に流転し変化するからである。たとえば自然の風物に対しても、そこには日毎に、というよりも時毎に微妙な変化、推移が行われるし、周囲の出来事を眺めても、ともすればその真意を掴み得ないうちにそれがぐん/\経過するからである。しかし観察は、広い意味の経験の範囲内で、比較的冷静を保ち得る経験の一つである。

われ/\は日常触目する事を物々に対して、精細に見ることを努めはじめるがいい。議論よりも実際に就くべき問題である。

思索は、書物からも獲られるし、実際の人生からも獲られる。

書物からの場合は、何れかといえば冥想的であるが、実際からの場合は暗示的である。殊に後者の場合は、前に述べた観察と錯綜し纒綿する。

思索の分野は、実に無限である。人生自然の零細な断片的な投影に過ぎないものでも、それはわれ/\の注意力如何によって極めて微妙な思想へまで導いてゆくものである。