Clásicos japoneses con furigana
ja-reading.com
Lee clásicos japoneses en línea con furigana. Filtra por nivel JLPT, toca una palabra para ver el significado y traduce una frase.
にほんせいしんしけんきゅう
日本精神史研究
和辻 哲郎
Lee 日本精神史研究 (にほんせいしんしけんきゅう) de 和辻 哲郎 (わつじてつろう) en japonés con furigana. JLPT N2. Toca una palabra para ver el significado.
N2 · avanzado · kanji y kana modernos · 208.277 caracteres · 415 pantallas
彼が「俗なほかくのごとし」として僧侶に訓える美徳は、すべて儒教の徳なのであるが、彼はそれを仏徒にもふさわしいと見るのである。そうしてこれら一切の美徳に共通な点は、それが我執や私欲を去るということである。「俗は天意に合はんと思ひ、衲子は仏意に合はんと思ふ。」「身を忘れて道を存する。」畢竟これが――絶対者の意志に合うように「私」を去って行為することが、――あらゆる人間に共通な道徳の原理として道元の暗示するところである。
道元の道徳の言説には、もう一つ著しい特徴が認められる。内面的意義の強調がそれである。彼は説く――人がある徳を行なうのは自ら貴くあらんがためであって、人に賞讃せられんがためではない。悪を恥ずるのもまた自らの卑しさを自ら恥ずるのであって、人に謗られるゆえではない。行為はそれ自身に貴く、あるいは卑しい。人は密室であると衆人の前であるとによって行為を二三にしてはならない。世人の賞讃すると謗るとは、行為それ自身の価値には何の関係もない。従って人は、「仁ありて人に謗せられば愁ひとすべからず。仁無うして人に讃せられば、是れを愁ふべし。」「真実内徳なうして人に貴びらるべからず」