Clásicos japoneses con furigana
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にっき
日記
宮本 百合子
Lee 日記 (にっき) de 宮本 百合子 (みやもとゆりこ) en japonés con furigana. JLPT N3. Toca una palabra para ver el significado.
N3 · intermedio · kanji y kana modernos · 81.739 caracteres · 164 pantallas
一月二十七日
一月二十八日
一月二十七日(木曜)
〔読書〕「近代思想十六講」
「近代思想十六講」は有益なものである、少くとも私にとっては。
レオナルド・ダブィンチの「愛は智の娘なり」と云う言葉は今の私を非常によろこばせる。序の中の霊と肉の調和、自愛と他愛の最もよき折合、イブセンの第三帝国を建設すべく□□努力して居ると云う事を明かに知り得た。
頭が疲れて居る様ではあるけれ共私は快い。
漸々「貧しき人々の群」を書き出せた。
一生懸命に書けばよくなると云う信がある。
一月二十八日(金曜)
「貧しき人々の群」第一を終った。
先に書いて置いた「農村」を失った事を非常に悔ゆる。どうしてもさがし出さなければならないと云う願望を押える事は出来ない。
あれさえあればきっと楽になるとその事を思って仕様がない。
今日学校で黒田さんが自分の嫁入姿を持って来て皆に見せて居る。見せてくれと云うと「いやーよ」と云って逃げて居ながら待って居る気があんまりはっきり分って不快になる。
傍のものもあんまりさわぐからいい気になるのだ。
娘達のする芝居を非常に面白い様な浅ましい様な気持で見る。私の愛すべきものは、只一人の人間でも動物でもないと云う様な気がして居る。