Clásicos japoneses con furigana
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せいかつといちまいのしゅうきょう
生活と一枚の宗教
倉田 百三
Lee 生活と一枚の宗教 (せいかつといちまいのしゅうきょう) de 倉田 百三 (くらたひゃくぞう) en japonés con furigana. JLPT N2. Toca una palabra para ver el significado.
N2 · avanzado · kanji y kana modernos · 69.276 caracteres · 137 pantallas
私はわからなかったのでありますが「ふけばふくほどよごれる物は何か」というと「雑巾」であります。それはつまりわれわれが後ろを見たからであります。それで私はそういうように善とは何かということを、前にばっかり目を皿のようにして、頭をひねくって考えていたのでありますが、やり方がないから、どうも困ったと思っているときに、後ろを見るということに気がついたのであります。だいたい私は今日までこうして善とは何かということを求めてきたけれども、それは私の力で求めてきたようでありますけれども、私をそうさしたのは、つまり私がもともと出発したところからみますと、私は生み出された。つまり私の命は与えられた命であります。はじめ、とにかく生きようと思って生きたわけではないが、何にも知らない赤ん坊であった。父が子どもを愛するように、可愛がられるようにできている。子どもが人間に可愛がられて、何のことかわからないでいた。十八、九のときになってはじめて、私は生きているんだなという、命に目ざめて驚いたわけであります。そのときにはじめて、つまり一人まえの物心がついた。自分で命を反省することができるようになって、そのときになって、これは私だということになった。