Lectura en japonés

Clásicos japoneses con furigana

ja-reading.com

Lee clásicos japoneses en línea con furigana. Filtra por nivel JLPT, toca una palabra para ver el significado y traduce una frase.

わたしはだれ?

私は誰?

坂口 安吾

Lee 私は誰? (わたしはだれ?) de Sakaguchi Ango (坂口 安吾) en japonés con furigana. JLPT N2. Toca una palabra para ver el significado.

N2 · avanzado · kanji y kana modernos · 6584 caracteres · 14 pantallas

Aozora Bunko

その理由は、文学は語るものではないからだ。文学は書くものだ。座談会のみならず、座談すること、友達と喋り合うこと、それすら、私は好まない。

私は文壇というところへ仲間入りをして、私の二十七の時だったか「文科」という雑誌をだした。発行は春陽堂、親分格のが牧野信一で、同人は小林秀雄、河上徹太郎、中島健蔵、嘉村礒多、それに私などだったが、このとき私は、牧野、河上、中島と最も飲んだが、文学は酔っ払って語るもの、特にヤッツケ合うものというのが当時流行の風潮で、私にそういう飲み方を強要したのは河上で、私もいつからか、文学者とはそういうものかと考えた。小林秀雄が一番うるさい議論家で、次に河上、中島となると好々爺、好々青年か、牧野信一だけは議論はだめで、酔っ払うともっぱら自惚れ専門で、尤も調子のかげんで酔えないことの方が多い気分屋だから、そういう時は沈んでいる。彼の酔ったときはすぐ分る。まず自分を「牧野さん」とさんづけでよんで、自分の小説の自慢をはじめるからである。

酒に酔っぱらって対者の文学をやっつけることを当時の用語で「からむ」と云った。からんだり、からまれたり、酒をのめば、からむもの、からまれるもの、さもなければ文学者にあらず、という有様。