Clásicos japoneses con furigana
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こどうひゃくわ
胡堂百話
野村 胡堂
Lee 胡堂百話 (こどうひゃくわ) de 野村 胡堂 (のむらこどう) en japonés con furigana. JLPT N2. Toca una palabra para ver el significado.
N2 · avanzado · kanji y kana modernos · 124.386 caracteres · 248 pantallas
三馬鹿の記(二)
東大の二年生。二十二歳で、一彦は死んだ。
三馬鹿の記(二)
天下の三馬鹿のつづきを、もう少し書く。長女を亡くし、長男をうしなって、次ぎは三人目の瓊子である。
大正五年に生れたこの子は、私が銭形を書きはじめた頃、十七、八になっていた。門前の小僧習わぬ経をよむというか、女の子だから小僧はおかしい。とにかく、一生懸命に何かしら書いていた。
それが、つもりつもって『七つの蕾』『サランの歌』など、九冊の本になった。
「お父さまなど、私の年には、一冊の著書もなかったんでしょう。お父さまの年まで生きたら、三倍も五倍も書いてあげる」
と、さすがに私にはいわないが、母親なんぞには、そんな意味のこともいったらしい。
妙なもので、あちらこちらに愛読者もあったと見え、近ごろになっても、
「もう一度読んでみたいが、あの本は、残っておりませんか」
と、問い合せて来る人があったりする。だが、この瓊子も、二十五歳で世を辞した。すでに、二十年近くの昔である。
最後に残ったのが、末ッ子の稔子である。アツモノにこりて、ナマスを吹くという古いことわざがあるが、親の気持ちとして見れば、三度までもアツモノで唇を焼いたあとだけに、冷たいナマスも、吹き放題に吹いてやりたくなる。