Clásicos japoneses con furigana
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かまをきずいてしりえたこと
魯山人陶説
北大路 魯山人
Lee 魯山人陶説 (かまをきずいてしりえたこと) de 北大路 魯山人 (きたおおじろさんじん) en japonés con furigana. JLPT N2. Toca una palabra para ver el significado.
N2 · avanzado · kanji y kana modernos · 46.780 caracteres · 98 pantallas
魂を刳る美
陶器だけで美はわからぬ。あらゆるものの美を知って、それを通して陶器の美もわかる。そして本当にわかるということは、本当にそのものに惚れることである。
本当に惚れることが出来るか、これが問題である。下手ものにでも自分が真剣に惚れるなら、そのものの持ち味だけはわかるだろう。多くは他動的である。他人の言葉に引きずりこまれることが多い。甚だしいのは美に見えなくて金に見える。また、半分美に見えて、半分金に見えるというのもある。
各自の眼には程度がある。各自の力の範囲だけしかわからぬ。従って、百人のうち一人の偉大な評価力をもったものがわかると、他の九十九人の人の見る美はムダになる。とかく世間にはでたらめが多い。自分ではそう感じなくてもでたらめである。
ものの美を見るのは、単に眼慰みか、それとも心の友だちとするのか。心の友だちとすることは魂と魂との交流がなくてはならぬ。そうなれば本物であり、極楽の世界である。ちょうど、この頃の絵慰みのように、客向きや展覧会をねらったもののなかには美はない。どうも心臓を剖られるというわけにはいかぬのが今の絵画だ。
作品が無心に作られたものであり、無我の境において作られたものであれば心打たれる。