Clásicos japoneses con furigana
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ものおもうあし
もの思う葦
Lee もの思う葦 (ものおもうあし) de Dazai Osamu (太宰 治) en japonés con furigana. JLPT N2. Toca una palabra para ver el significado.
N2 · avanzado · kanji y kana modernos · 20.430 caracteres · 42 pantallas
まる十箇年、市民と同じさわやかな朝めしを食わなかった。私は、この本一冊のために、身の置きどころを失い、たえず自尊心を傷けられて世のなかの寒風に吹きまくられ、そうして、うろうろ歩きまわっていた。数万円の金銭を浪費した。長兄の苦労のほどに頭さがる。舌を焼き、胸を焦がし、わが身を、とうてい恢復できぬまでにわざと損じた。百篇にあまる小説を、破り捨てた。原稿用紙五万枚。そうして残ったのは、辛うじて、これだけである。これだけ。原稿用紙、六百枚にちかいのであるが、稿料、全部で六十数円である。
けれども、私は、信じて居る。この短篇集、「晩年」は、年々歳々、いよいよ色濃く、きみの眼に、きみの胸に滲透して行くにちがいないということを。私はこの本一冊を創るためにのみ生れた。きょうよりのちの私は全くの死骸である。私は余生を送って行く。そうして、私がこののち永く生きながらえ、再度、短篇集を出さなければならぬことがあるとしても、私はそれに、「歌留多」と名づけてやろうと思って居る。歌留多、もとより遊戯である。しかも、全銭を賭ける遊戯である。滑稽にもそれからのち、さらにさらに生きながらえ、三度目の短篇集を出すことがあるならば、私はそれに、「審判」