Clásicos japoneses con furigana
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フォスフォレッスセンス
フォスフォレッスセンス
Lee フォスフォレッスセンス de Dazai Osamu (太宰 治) en japonés con furigana. JLPT N2. Toca una palabra para ver el significado.
N2 · avanzado · kanji y kana modernos · 4263 caracteres · 9 pantallas
私にはこの世の中の、どこにもいない親友がいる。しかもその親友は生きている。また私には、この世のどこにもいない妻がいる。しかもその妻は、言葉も肉体も持って、生きている。
私は眼が覚めて、顔を洗いながら、その妻の匂いを身近に感ずる事が出来る。そうして、夜寝る時には、またその妻に逢える楽しい期待を持っているのである。
「しばらく逢わなかったけど、どうしたの?」
「桜桃を取りに行っていたの。」
「冬でも桜桃があるの?」
「スウィス。」
「そう。」
食慾も、またあの性慾とやらも、何も無い涼しい恋の会話が続いて、夢で、以前に何度も見た事のある、しかし、地球の上には絶対に無い湖のほとりの青草原に私たち夫婦は寝ころぶ。
「くやしいでしょうね。」
「馬鹿だ。みな馬鹿ばかりだ。」
私は涙を流す。
そのとき、眼が覚める。私は涙を流している。眠りの中の夢と、現実がつながっている。気持がそのまま、つながっている。だから、私にとってこの世の中の現実は、眠りの中の夢の連続でもあり、また、眠りの中の夢は、そのまま私の現実でもあると考えている。
この世の中に於ける私の現実の生活ばかりを見て、私の全部を了解することは、他の人たちには不可能であろう。