Lectura en japonés

Clásicos japoneses con furigana

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『わがはいはねこである』じょうへん

吾輩は猫である

夏目 漱石

Lee 吾輩は猫である (『わがはいはねこである』じょうへん) de Natsume Sōseki (夏目 漱石) en japonés con furigana. JLPT N2. Toca una palabra para ver el significado.

N2 · avanzado · kanji y kana modernos · 322.123 caracteres · 643 pantallas

Aozora Bunko

山は低いと云っても構わん、宇宙は狭いと云っても差し支えはない。烏が白くて小町が醜婦で苦沙弥先生が君子でも通らん事はない。だからこんな無意味な手紙でも何とか蚊とか理窟さえつければどうとも意味はとれる。ことに主人のように知らぬ英語を無理矢理にこじ附けて説明し通して来た男はなおさら意味をつけたがるのである。天気の悪るいのになぜグード・モーニングですかと生徒に問われて七日間考えたり、コロンバスと云う名は日本語で何と云いますかと聞かれて三日三晩かかって答を工夫するくらいな男には、干瓢の酢味噌が天下の士であろうと、朝鮮の仁参を食って革命を起そうと随意な意味は随処に湧き出る訳である。主人はしばらくしてグード・モーニング流にこの難解な言句を呑み込んだと見えて「なかなか意味深長だ。何でもよほど哲理を研究した人に違ない。天晴な見識だ」と大変賞賛した。この一言でも主人の愚なところはよく分るが、翻って考えて見るといささかもっともな点もある。主人は何に寄らずわからぬものをありがたがる癖を有している。これはあながち主人に限った事でもなかろう。分らぬところには馬鹿に出来ないものが潜伏して、測るべからざる辺には何だか気高い心持が起るものだ。