Clásicos japoneses con furigana
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へいぼん
平凡・私は懐疑派だ
二葉亭 四迷
Lee 平凡・私は懐疑派だ (へいぼん) de 二葉亭 四迷 (ふたばていしめい) en japonés con furigana. JLPT N2. Toca una palabra para ver el significado.
N2 · avanzado · kanji y kana modernos · 81.548 caracteres · 161 pantallas
読んで十分に味わい得た所で、どうせ人間の作った物だ、左程の物でもあるまいに、それを此様な読方をして、難有がって、偶之を読まぬ者を何程劣等の人間かのように見下し、得意になって語る友も友なら、其を聴いて敬服する私も私だ。心ある人から観たら、嘸ぞ苦々しく思われたろう。
此友から私は文学の難有い訳を種々と説き聴かされた。今ではもう大抵忘れて了ったけれど、何でも文学は真理に新しい形を賦して其生命を直接に具体的に再現するものだ、とか聴かされて、感服した。自然の真相は普通人に分らぬ、詩人が其主観を透して描いて示すに及んで、始めて普通人にも朧気に分って人間の宝となる、とか聴かされて、又感服した。恋には人間の真髄が動く、とか聴かされて、又感服した。其他まだ種々聴かされて一々感服したが、此様な事は皆愚言だ、世迷言だ。空想に生命を託して人生を傍観するばかりで、古本と首引して瞑想するばかりで、人生に生命を託して人生と共に浮沈上下せんでも、人生の活機に触れんでも、活眼を以て活勢を機微の間に察し得んでも、如何かして人生が分るものとしても、友のいうような其様な文学は、何処かで誰かが空想した文学で、文学の実際でない。