Clásicos japoneses con furigana
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いくどめかのさいご
幾度目かの最期
久坂 葉子
Lee 幾度目かの最期 (いくどめかのさいご) de 久坂 葉子 (くさかようこ) en japonés con furigana. JLPT N2. Toca una palabra para ver el significado.
N2 · avanzado · kanji y kana modernos · 59.103 caracteres · 121 pantallas
兄には、まけぬ気を、私には柔順を、弟には、勉強を、父は要求しているのです。狭い世界で自分を守りつづけ、子供達にも狭い世界を強いようとする父に対して、私は大へん憎しみを抱きます。私と父はよく議論しました。彼は一歩もゆずりません。皮肉な笑いを洩し、しまいには指先をおののかせながら、自分が正しいのだと常に主張するのです。もう半年も前から、私は、一切父と真実を語り合うことをよしてしまいました。馬鹿らしくなったのです。まるで中学生のような感覚でしかない父なんです。というのは、
ここまで書いて玄関に呼声。出てゆきました。若しや、鉄路のほとりからの速達ではないかと、ちがいました。彼からは何にも。
というのは、たとえば、新聞社からのアンケートでも、私に来ないで父に来た時の父の喜び方は大へんなものです。そんな面の父を私はにくまずに滑稽に思います。で、私は、もうすっかり、父を欺いてりゃいいのだと思うようになりました。だから、私は、いつの頃からか、家では笑顔しかみせなくなりました。父の子供じみた皮肉や嫌味も、笑ってきき流し、冗談や街でみた事件を面白おかしく喋ったり、父の絵をほめたり、とにかく、玄関を一歩はいれば、私はすっかり自分をある仮面でつつんでしまうのです。