Clásicos japoneses con furigana
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わがじんせいかん
我が人生観
Lee 我が人生観 (わがじんせいかん) de Sakaguchi Ango (坂口 安吾) en japonés con furigana. JLPT N2. Toca una palabra para ver el significado.
N2 · avanzado · kanji y kana modernos · 7108 caracteres · 15 pantallas
これだけ痛切に自分の言葉を語ればタクサンだ。大学の先生は、自分がはずかしいと思いつけば、まだ利巧なのだが、そう思うどころか、重ねて、天下の政治は? といらッしゃる。イヤ。どうも。ヘッヘ。
文化人だの何だのと大そう憂国の至情に富んでるらしい方々は、たいがい、こういった妙テコレンなアイクチを胸にかくし、何くわぬ顔をして人を訪ねてきて、いきなり隠しもったアイクチをつきつける。そんなことに一々返事していられますかい。
大工だの師匠だの市井人というものは、見ず知らずの人に政見を語るほど、ウヌボレも強くはないし、ヒマ人でもないものだ。ハッキリと、自分の生活をもってるのだから。
文化人というものは、ウヌボレ屋で、ヒマ人で、自分の生活をもたないのである。私のところへ訪ねてきて、一席政見をのべてきかせる。きかせてくれと頼みやしないから、もう、タクサン、おかえり下さい、と云っても、わからないのである。自分の政見に耳を傾けないのは怪しからんと腹を立てたり、天下の政治について質問されて、返事もできないほど、無学低能、官能主義のデカダン野郎などと考える。どう考えてもいいよ。