Clásicos japoneses con furigana
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しんしょたいこうき
新書太閤記
吉川 英治
Lee 新書太閤記 (しんしょたいこうき) de 吉川 英治 (よしかわえいじ) en japonés con furigana. JLPT N2. Toca una palabra para ver el significado.
N2 · avanzado · kanji y kana modernos · 200.320 caracteres · 398 pantallas
素直に、武田与類さえ、寺内から突き出せば、無事にすんだのではないかと。
武人ではない、沙門である。それでも、非難はなかろうにと。
そうだ。足利期を通じ、室町没落までの禅家はそんなものだった。けれどかつての鎌倉時代の禅門では、そんな妥協の卑屈はゆるさなかった。
北条時宗が、断乎として、
(蒙古討つべし)
と為した大決心も、いわば大禅機である。その時宗に、一語を贈って激励した仏光禅師を見ても、当時の禅林の気骨稜々な風は窺える。
その禅も、いつか文字禅、理論禅になり、遊戯に堕し、風流に化し、そして骨抜きになりかけた時、ここに日本僧快川が在ったのである。
僧童七十四名、堂塔三十宇、七堂の荘厳も一火としてしまったが、快川の気魄とともに、それは光焔万丈をあげて、禅の認識を、ふたたび世に新たにした。
さればとて、快川は、時代に反抗したのではない。時勢に盲目であったのでもない。彼は、それより前に、明らかに勝頼へ対しても云っている。
(何事につけ朝廷を尊び、朝廷を中心として統治をなす主義の信長には、地方の侍や土豪とて、おのずから心をひかれ、一地方の主たるに過ぎぬ武門の主人に対しては、つい離るるともなく心入れのちがって参るのは、ぜひもない成行きと申そうより、自然に帰するが如きものでしょう。