Clásicos japoneses con furigana
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いちかわくめはち
新編 近代美人伝 (下)
長谷川 時雨
Lee 新編 近代美人伝 (下) (いちかわくめはち) de 長谷川 時雨 (はせがわしぐれ) en japonés con furigana. JLPT N2. Toca una palabra para ver el significado.
N2 · avanzado · kanji y kana modernos · 138.172 caracteres · 277 pantallas
この弥女は覚信尼といい、この人の孫が第三世覚如。親鸞の子善鸞から、如信となり、覚信尼の孫、覚如の代となるまでには、覚信尼は創業の苦労と煩悩もあったわけだった。八世の蓮如上人の時、伝道教化につとめ、九世実如のとき、準門跡の地位にまでのぼったのだ。十世証如のころは戦国時代ではあり、一向一揆は諸国に勃発し、十一世顕如に及んで、織田信長と天正の石山合戦がある。
石山本願寺は、現今の大阪城本丸の地点にあって、信長に攻められたのだが、一向宗は階級的な強さがあるので、負けるどころではなかったが、綸旨が下って和議となったのだった。天正十九年に、豊臣秀吉から現在の、京都下京堀川、本願寺門前町に寺地の寄附を得た。しかし、この時に今日の東西本願寺――本願寺派本山のお西と、真宗大谷派本願寺のお東とが分岐した。東は、西の十一世顕如の長子教如の創建で、長子が寺を出たということには、意見の相違があり、閨門の示唆によって長子が退けられたともいわれている。
東本願寺教如上人は、徳川家康の寄進で、慶長七年に六町四方の寺地を七条に得、堂宇も起してもらったが、長子であって本山を追われたという苦い経験が、世々代々、長子伝燈の法則が厳しい。