Clásicos japoneses con furigana
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さいしゅうせんそうろん
最終戦争論・戦争史大観
石原 莞爾
Lee 最終戦争論・戦争史大観 (さいしゅうせんそうろん) de 石原 莞爾 (いしわらかんじ) en japonés con furigana. JLPT N2. Toca una palabra para ver el significado.
N2 · avanzado · kanji y kana modernos · 154.783 caracteres · 305 pantallas
近時所謂日本主義が横行して形は日本に還ったが、しかし彼らの大部の心は依然西洋覇道主義者である。八紘一宇と言いながら弱者から権利を強奪せんとし、自ら強権的に指導者と言い張る。この覇道主義が如何に東亜の安定を妨げているかを静かに観察せねばならない。
クリステイーの『奉天三十年』には日清戦争当時のことについて「若し総ての日本人が軍隊当局者のようであったなら、人々は彼らの去るのを惜しんだであろう。しかし他の部類のものもあった。軍隊の後から人夫、運搬夫等に、そして雑多なる最下級の群が来て、それらは支那人から恐怖の混じた軽蔑をもって見られた。……彼らは兵士の如く厳格なる規律の下に置かれなかった」と述べてある。軍隊は兵卒に至るまで道義的であったらしい。しかるに日露戦争については「この前の戦争の時に於ける日本軍の正義と仁慈が謳歌され、総ての放埒は忘れられていた。戦争者が満州の農民と永久的友誼を結ぶべき一大機会は今であった。度々戦乱に悩まされたこれらの農民達は日本人を兄弟並みに救い主として熱心に歓迎したのである。かくしてこの国土の永久的領有の道は拓けたであろう。而して多くの者がそれを望んだのであった。