Clásicos japoneses con furigana
ja-reading.com
Lee clásicos japoneses en línea con furigana. Filtra por nivel JLPT, toca una palabra para ver el significado y traduce una frase.
ひゃくしょうやのすけのはなし
百姓弥之助の話
中里 介山
Lee 百姓弥之助の話 (ひゃくしょうやのすけのはなし) de 中里 介山 (なかざとかいざん) en japonés con furigana. JLPT N2. Toca una palabra para ver el significado.
N2 · avanzado · kanji y kana modernos · 51.621 caracteres · 99 pantallas
つけるという訳には行かなかった。弥之助も青年苦学時代は大てい石油ラムプですましたもので、普通学生の下宿も各室電燈を引くという事は思いもよらず皆台ラムプを机の上に置いて勉強したもので、当時書生の引越と云えば人力車の上に腰を懸け、股倉の間へ机を割り込んで片手に洋燈を持てばそれで万事が済んだものだ。それが急に料金が引き下げられ、一般に盛んに使用される様になったのは弥之助が二十二三歳の頃でもあったろうか、電燈値下げの殊勲者としては実業の世界社だの都新聞だのというものが先陣を切ったもので、その結果さすがに頑強を極めて居た東電(佐竹という人が社長で政友会の弗箱であったとの説もある)も時勢に抗し難くとうとう大値下を為すの已むを得ざるに至った、その時である、東京に居た弥之助は町のお祭を歩いて、それまでは提灯であった馬鹿囃子の屋台に電燈が点けられたのを見て劃期的に感心した、
「お祭りの馬鹿ばやしの屋台にまで電燈がついた」
弟などをつれて祭礼見物に出かけてはひたすら驚異したものだ。それからどこの家でも各室皆一燈を備える様な勢いをもって今日に及んで居る。
日本の電力及び電燈は世界で一二を争う威勢だと云って誇るものもあるが、それは資本力のせいばかりではない、天然の水力に恵まれている余恵である、併しそれでも都会と村落との比例を考え