Lectura en japonés

Clásicos japoneses con furigana

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わたしのあったゴーリキイ

私の会ったゴーリキイ

宮本 百合子

Lee 私の会ったゴーリキイ (わたしのあったゴーリキイ) de 宮本 百合子 (みやもとゆりこ) en japonés con furigana. JLPT N2. Toca una palabra para ver el significado.

N2 · avanzado · kanji y kana modernos · 5457 caracteres · 11 pantallas

Aozora Bunko

等を経て、どこまでも大衆の発展・建設とともに自分を拡大し、晩年のゴーリキイはまったく大衆の最も尊敬すべき代弁者となった。

かれの才能はかつてその個人的な豊富さで世界に注意を促したが、晩年のゴーリキイはソヴェト同盟という歴史に新たな人類の社会的地盤の上において、個人的才能というものが如何ほどの社会性・国際性において実りうるものであるかという典型をしめした。これは、文学の世界においてゴーリキイによって始めて達せられた輝かしい見本である。

ゴーリキイの文学的成果は非常に豊富である。一九三二年前後に邦訳で出版された全集だけでも二十四冊あり、なおその後の文学的活動は更に数冊の本となって現われるであろうと思う。彼から学ぶべきことは非常に多い。中でも彼の全生涯を回顧してわれわれに大きい暗示を与えると思うのは、彼の初期の作品に現われていた誰知らぬものもないロマンティックな要素と、それの発展の過程である。

ゴーリキイが沢山かいている自伝的要素の多い諸作品でよくわかるように、ゴーリキイがものごころついてから一九〇一年頃に至るまでの期間は、彼にとって実に苦しい、まだ方向のはっきりきまらない闘争の時代であった。