Clásicos japoneses con furigana
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おちぼひろい
落穂拾い・犬の生活
小山 清
Lee 落穂拾い・犬の生活 (おちぼひろい) de 小山 清 (こやまきよし) en japonés con furigana. JLPT N2. Toca una palabra para ver el significado.
N2 · avanzado · kanji y kana modernos · 239.741 caracteres · 486 pantallas
私はそれまで※牛児は山椒魚の一種のようなものだと思い込んでいたのだ。鳴尾君はこんな風に私に野外教授を施してくれた。「これは道のべの木槿は馬に喰われけりの木槿です。」とか、「これは遍く茱萸を挿んでの茱萸です。」とか。鳴尾君は王維の望郷の詩をよく吟じていたものだ。私は月見草さえ知らなかった。
「中里先生は月見草が好きなようですね。おそらく余の愛するに適した花かも知れない、なんて随筆に書いていますね。」
そうして鳴尾君は云った。
「小山さんは中里先生をどう思います?」
「やさしい人だと思う。」
「僕もそう思います。」
一日「大澄山」の麓にある田中さんの家庭を訪問した。この辺は多摩川の流に沿ってひとつらなりの丘陵が起伏していて、田中さんは自家の裏山に当る一つを仮りに名づけて大澄山と呼んでいたのである。こんもりとした恰好のいい小山で、この山を見た人には、田中さんの命名はなんとなく思いつきな気がされるのである。「私は大澄山の麓に居住いたします田中澄徹と申す者でございます。」など「大菩薩峠」の弁信法師もどきに、食後の腹ごなしにはよくやっていた。いつか、大澄山という名称と澄徹という雅号とは、どちらが先に生れたのかときき糺したところ、田中さんは頭をなでなで、「それは君、鶏がさきか卵がさきかというようなものだよ。