Clásicos japoneses con furigana
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しんらんしょうにんについて
親鸞聖人について
吉川 英治
Lee 親鸞聖人について (しんらんしょうにんについて) de 吉川 英治 (よしかわえいじ) en japonés con furigana. JLPT N2. Toca una palabra para ver el significado.
N2 · avanzado · kanji y kana modernos · 15.038 caracteres · 29 pantallas
それでいいんですか”と、苦もんし、自問自答し“いや、そんなはずはない。古い仏典のなかに、そのカギはありはしないか”そうして参籠百日近いある夜、聖徳太子の夢告の一偈を見たというのです。そのなかに、サアむずかしいなあ、行者宿報、なに女犯でしたかな、一字忘れちゃった。そうそうありがとうございました。行者宿報設女犯、これだと感じたんですね。
これはすでに聖徳太子、仏弟子も妻をもつ、女性を愛することを認めていらっしゃる。しかしその行者には宿報がなければならぬ。それに対する報いを、業を行じなければならぬ。それだになしうれば、因果という。まあ私の解釈は、はなはだわがままですなあ。きっとどなたか本願寺の偉い人が話したら、このところは非常にわかりよく、意義深く、お話しできただろうと思うんですが……。
まあ、ざっといえばそういうものです。なにか、雲の晴れたような気がしたんですね。そして叡山には帰らず、吉水禅寺の法然上人をたずねて、自分のもだえと、それからあれとを訴えて吉水の禅房にはいった。そういうあれを、契機をつかんだら、僕たちだったらすぐ女房をもらっちゃいますがね。