Clásicos japoneses con furigana
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ずいひつ みやもとむさし
随筆 宮本武蔵
吉川 英治
Lee 随筆 宮本武蔵 (ずいひつ みやもとむさし) de 吉川 英治 (よしかわえいじ) en japonés con furigana. JLPT N2. Toca una palabra para ver el significado.
N2 · avanzado · kanji y kana modernos · 141.786 caracteres · 278 pantallas
松のむかふをまはりてとをられ候様子ともは、わさをきに持て仕候者の可成様子にてはなく候。つねに道なとわけてとをり候に、松の枝のさかり候を、をしのけてとをり候様もてあまさぬ見かけにて候つる。松風之時は、但馬殿も我なから我をわすれられ候哉、さて上手かなと被申候つる、藤永、朝長、何れも/\出来申候、不存候者之目に、さあるべきやうに見申かよき上手と申候間、我等こときの目に能見へ候か上手たるへきと存事に候、
忠利の「松風」の出来栄えを賞歎した手翰であるが、師弟和楽の状が、紙面に躍如と溢れている。
忠利は寛永十四年頃から、ようやく薬餌に親しむことが多くなった。この年の十一月には、鎌倉に転居して病を養っている。
本草医学に明るい沢庵は、薬や養生法の注意を与えたり、力づけたりした。
(この方面の沢庵の著作としては「医説」「骨董録」「旅枕」それぞれ一巻がある)
その結果、幸いにして回復に近づいたが、この時勃発したのが、九州の切支丹一揆であった。そして、忠利の健康が完全に立ち直っていなかったためであろう。その子光尚が、爆発と同時に急遽島原に下った。
(忠利の長子六丸は、寛永十二年七月、従四位下侍従に任ぜられ、家光の一字を与えられて、光尚と称した)