Clásicos japoneses con furigana
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かんしょうりょくなくしてしゅうじするなかれ
魯山人書論
北大路 魯山人
Lee 魯山人書論 (かんしょうりょくなくしてしゅうじするなかれ) de 北大路 魯山人 (きたおおじろさんじん) en japonés con furigana. JLPT N2. Toca una palabra para ver el significado.
N2 · avanzado · kanji y kana modernos · 84.639 caracteres · 175 pantallas
私の書はある時の如きは百の中にもはいり、十の中にもはいり、天地人の中にもはいるという調子で、大概は優賞を得たのであります。そんな調子に乗って、熱心に字を習ったものであります。そういう風で、私は字のうまい少年だといわれましたから、ついに日下部鳴鶴とか、巌谷一六とかいう大家の門を叩いて教えを乞うということもしたのであります。二、三度師事してみまして、聞きました話はどうも合点がゆかないのです。今になって考えますと、そういう大家の書道の話というものは実に幼稚だったのであります。そうしてそれらの書家は書は上手なのではありましょうが、その良さの意味が違うんだとわかりました。
そこで私は先生に尋ねるということ等の勇気がなくなってしまったのであります。事実訊ねても訊ねることは教えて貰えなかったのです。一六居士の筆法は、画を作るとき、一画一画筆先をはなし改めて更に筆を入れる癖が特徴でしたが、私はそういうところが気に入りませんでした。今考えますと字はどんな方法で書こうとよいのであります。それをこうでなければ、ああでなければというのは、書家流に堕した亜流であります。日下部鳴鶴先生にも二度ばかり話をききにまいりましたが、私の頭には鳴鶴先生の話がぴんとこないのでありました。