Lecture japonaise

Classiques japonais avec furigana

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さるすべり

さるすべり

山本 周五郎

Lisez さるすべり de 山本 周五郎 (やまもとしゅうごろう) en japonais avec furigana. JLPT N2. Touchez un mot pour le sens.

N2 · avancé · kanji et kana modernes · 12 095 caractères · 24 écrans

Aozora Bunko

使者は押しかえして老臣との会議をもとめた、政宗は一存の動かざることを誓いぬいた。くどいと思われるほどのやりとりがあって、それならばと使者はかたちを正し、家康の軍令を伝えた。

「少将さまにはすみやかに白石城をひきはらい、岩手沢(陸前玉造郡)に陣をととのえて会津を御牽制なさるべしとのことにございます」「白石より退却せよと仰せあるか」政宗は意外なことを聞くというように、ややこえをはげまして反問した。

徳川家康が会津征伐の令を発したのは慶長五年六月のことだった。伊達政宗はすぐに大阪を立って奥へくだり、七月十二日に陸前のくに名取郡の北目城へはいった。本城は岩手沢にあるのだが、それより遙かに挺進して陣をしいたのは、はやく敵地を侵して戦果を大にするためで、すなわち時を移さず白石城へ攻めかかった。白石城は上杉氏の北辺のまもりとして最前線であり、甘粕景継を将とし精兵すぐって守備に当っていたが、伊達軍の巧妙な戦法にもろくも潰え、七月二十五日ついに開城した。この白石攻略には二つの意義があった、それは上杉氏の前線拠点の破砕と、旧領の回復とである、つまり白石城のある刈田郡と、その付近の信夫、伊達などの諸郡は数年まえまで政宗の領地だったのだ。