Lecture japonaise

Classiques japonais avec furigana

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Lisez des classiques japonais en ligne avec furigana. Filtrez par niveau JLPT, touchez un mot pour le sens et traduisez une phrase.

わがぶんがくしゅぎょう

わが文学修業

織田 作之助

Lisez わが文学修業 (わがぶんがくしゅぎょう) de 織田 作之助 (おださくのすけ) en japonais avec furigana. JLPT N2. Touchez un mot pour le sens.

N2 · avancé · kanji et kana modernes · 2 981 caractères · 6 écrans

Aozora Bunko

ただ、ここでは、私の西鶴観は「西鶴はリアリストの眼を持っていたが、書く手はリアリストのそれではなかった」というテエマから出発していることを言って置こう。これは即ち私にとっては、西鶴は大坂人であったということを意味する。もっとも、こう言ったからとて、私は西鶴を狭義の大坂人という範疇の中にせばめる積りはない。私にとって、大阪人とは地理的なものを意味しない。スタンダールもアランも私には大阪人だ。すこし強引なようだが、私は大阪人というものをそのように広く解している。義理人情の世界、経済の世界が大阪ではない。元禄の大坂人がどんな風に世の中を考え、どんな風に生きたかを考えれば判ることである。まして、東京が考えているエンタツ、アチャコだけが大阪ではない。通俗作家が大阪を歪めてしまったのである。

してみれば、私の文学修業は大阪勉強ということに外ならない。大阪は私の生れ故郷であり、そして私の師である。なお、ほかに、私には気になる作家がある。正宗白鳥氏、内田百間氏。気になる余り、暇さえあれば読んでいる。川端氏、太宰氏の作品のうらにあるものは掴めるが、ああ、やってるなと思うが、もう白鳥、百間となると、気味がわるくてならない。