Classiques japonais avec furigana
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Lisez des classiques japonais en ligne avec furigana. Filtrez par niveau JLPT, touchez un mot pour le sens et traduisez une phrase.
しゅじゅのことば
侏儒の言葉
Lisez 侏儒の言葉 (しゅじゅのことば) de Akutagawa Ryūnosuke (芥川 竜之介) en japonais avec furigana. JLPT N2. Touchez un mot pour le sens.
N2 · avancé · kanji et kana modernes · 36 003 caractères · 73 écrans
も生憎杯の中に多量の水を混じている。しかも大抵はたまり水を。
言行一致
言行一致の美名を得る為にはまず自己弁護に長じなければならぬ。
方便
一人を欺かぬ聖賢はあっても、天下を欺かぬ聖賢はない。仏家の所謂善巧方便とは畢竟精神上のマキアヴェリズムである。
芸術至上主義者
古来熱烈なる芸術至上主義者は大抵芸術上の去勢者である。丁度熱烈なる国家主義者は大抵亡国の民であるように――我我は誰でも我我自身の持っているものを欲しがるものではない。
唯物史観
若し如何なる小説家もマルクスの唯物史観に立脚した人生を写さなければならぬならば、同様に又如何なる詩人もコペルニクスの地動説に立脚した日月山川を歌わなければならぬ。が、「太陽は西に沈み」と言う代りに「地球は何度何分廻転し」と言うのは必しも常に優美ではあるまい。
支那
蛍の幼虫は蝸牛を食う時に全然蝸牛を殺してはしまわぬ。いつも新らしい肉を食う為に蝸牛を麻痺させてしまうだけである。我日本帝国を始め、列強の支那に対する態度は畢竟この蝸牛に対する蛍の態度と選ぶ所はない。
又
今日の支那の最大の悲劇は無数の国家的羅曼主義者即ち「若き支那」