Classiques japonais avec furigana
ja-reading.com
Lisez des classiques japonais en ligne avec furigana. Filtrez par niveau JLPT, touchez un mot pour le sens et traduisez une phrase.
こくをみる
古句を観る
柴田 宵曲
Lisez 古句を観る (こくをみる) de 柴田 宵曲 (しばたしょうきょく) en japonais avec furigana. JLPT N2. Touchez un mot pour le sens.
N2 · avancé · kanji et kana modernes · 166 028 caractères · 333 écrans
供舟はまだ日のあたる涼かな 花明
まだ日の暮れぬうちに涼み舟に乗った場合である。自分の舟は比較的岸に近くおり、供舟はやや向うに漕出しているのであろうか、半ば昃った水の上に、供舟の人たちが夕日を浴びているのが見える。「供舟はまだ日のあたる」という言葉によって、その間に多少の距離のあることもわかり、水面も此方はやや暗く、向うの方が明るい情景も眼に浮んで来る。納涼の本舞台はまだはじまらぬのであるが、晩涼の気は已に四辺に動きつつあることと思われる。
「供舟」の「供」は深く文字に拘泥せず、「友舟」と同程度に解して然るべきであろう。
涼風や障子にのこる指の穴 鶴声
「おさなき人の早世に申遣す」という前書がついている。この句について思い出すのは、小泉八雲が「小さな詩」の中に訳した「ミニシミルカゼヤシヤウジニユビノアト」という句である。この句の作者は誰か、八雲の俳句英訳に関する最も重要な助手であった大谷繞石氏が、この句の下に(?)をつけているのを見ると(全集第六巻)あるいは出所不明なのかも知れない。ケーベル博士が日本の詩歌について語った中に
おお、「障子」の孔を通って来る風の寒いこと、私は硬くなる――これもお前の小さい指の仕業だ!