Lecture japonaise

Classiques japonais avec furigana

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Lisez des classiques japonais en ligne avec furigana. Filtrez par niveau JLPT, touchez un mot pour le sens et traduisez une phrase.

そうせきしとわたし

回想 子規・漱石

高浜 虚子

Lisez 回想 子規・漱石 (そうせきしとわたし) de 高浜 虚子 (たかはまきょし) en japonais avec furigana. JLPT N2. Touchez un mot pour le sens.

N2 · avancé · kanji et kana modernes · 115 187 caractères · 231 écrans

Aozora Bunko

妙な連中が落ち合う事と存候。ちと景気を見に御出被下度候。

夏目金之助

高浜清様

○

明治三十九年十月九日(封書)

「二百十日」を御読み下さって御批評被下難有存じます。論旨に同情がないとは困ります。是非同情しなければいけません。もっとも源因が明記してないから同情を強いる訳にゆかない。その代り源因を話さないでグーグー寝てしまう所なぞは面白いじゃありませんか。そこへ同情し給え。碌さんが最後に降参する所も弁護します。碌さんはあのうちで色々に変化して居る。然し根が呑気の人間だから深く変化するのじゃない。圭さんは呑気にして頑固なるもの。碌さんは陽気にしてどうでも構わないもの。面倒になると降参してしまうので、その降参に愛嬌があるのです。圭さんは鷹揚でしかも堅くとって自説を変じない所が面白い。余裕のある逼らない慷慨家です。あんな人間をかくともっと逼った窮屈なものが出来る。また碌さんのようなものをかくともっと軽薄な才子が出来る。所が「二百十日」のはわざとその弊を脱して、しかも活動する人間のように出来てるから愉快なのである。滑稽が多過ぎるとの非難ももっともであるが、ああしないと二人にあれだけの余裕が出来ない。